なぜ分散化が重要なのか
公開日
2021/11/09
著者
この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
Chris Dixon(@cdixon)
Andreessen Horowitz(a16z)のGPを務め、シードおよびグロースステージの投資家として活躍している。現在はa16zのクリプト・ブロックチェーン投資推進においてリーダーシップを発揮しており、Crypto Startup Schoolなどで講演も行う。
インターネットに最初に到来した2つの時代
インターネットの第1期(1980年代から2000年代前半)では、インターネットコミュニティが管理するオープンなプロトコルを用いてインターネットサービスが構築されていました。つまり、後からゲームのルールが変更されることはないとわかっていたので、人々や組織はインターネット上で自らの存在感を高めることができたのです。この時代には、Yahoo、Google、Amazon、Facebook、LinkedIn、YouTubeなどの巨大なWebプロパティが誕生しました。この過程で、AOLのような中央集権的プラットフォームの重要性は大きく低下しました。
2000年代半ばから現在に至るインターネットの第2期には、Google、Apple、Facebook、Amazon(GAFA)に代表される営利目的のハイテク企業が、オープンなプロトコルの能力を急速に上回るソフトウェアやサービスを構築しました。スマートフォンの爆発的な普及により、この傾向はさらに加速し、インターネット利用の大半をモバイルアプリが占めるようになりました。これにより、ユーザーは、オープンなサービスから、より洗練された中央集権的なサービスへと徐々に移行していきました。今ではユーザーがWebなどのオープンプロトコルにアクセスする場合でさえも、通常はGAFAのソフトウェアやサービスを介してアクセスすることになります。
何十億もの人々が素晴らしい技術にアクセスでき、その多くが無料で使えるというのは良い知らせでしょう。一方で悪い知らせもあります。中央集権的なプラットフォームにルールを変えられてしまうことで、スタートアップやクリエイター、その他の組織が、オーディエンスや利益を奪われることを気にせずにインターネット上で存在感を高めることが非常に困難になったということです。
その結果、イノベーションが阻害され、インターネットの面白さやダイナミックさが失われていきました。中央集権化は従来よりも広範な社会的緊張も生み出しました。フェイクニュース、国家主導のボット、ユーザーの「プラットフォーム化禁止」、EUのプライバシー法、アルゴリズムによるバイアスなどのテーマをめぐる議論にもこの緊張は見られます。このような議論は、今後数年間でさらに激化するでしょう。
Web 3:インターネットに到来した第3の時代
この中央集権化に対する対応策の1つとしては、大規模なインターネット企業に政府の規制を課すことが挙げられます。これは、インターネットが電話やラジオ、テレビなどの過去の通信ネットワークと同じものであることを前提としています。しかし、過去のハードウェアベースのネットワークは、ソフトウェアベースのネットワークであるインターネットとは根本的に異なるものです。
ハードウェアベースのネットワークは、一度構築すると再構築することはほぼ不可能です。一方、ソフトウェアベースのネットワークは、起業家のイノベーションと市場原理によって再構築することができます。
インターネットは究極のソフトウェアベースネットワークであり、きわめてシンプルなコアレイヤーと、完全にプログラム可能な何十億ものコンピュータをエッジでつなぐことで構成されています。ソフトウェアとは、人間の思考をコード化したものであり、それゆえにデザインの幅は無限大です。
インターネットに接続されたコンピュータは、たいていの場合、所有者が選んだソフトウェアを自由に実行することができます。適切なインセンティブを与えられれば、想像しうるものはなんでもすぐにインターネット上に広まる可能性があります。インターネットのアーキテクチャとは、技術的クリエイティビティとインセンティブデザインの交差するポイントです。
インターネットはまだ進化の初期段階にあります。今後数十年のうちにインターネットの中核となるサービスはほぼ全面的に再構築されるでしょう。これを可能にするのが、ビットコインで初めて世間の知るところとなり、イーサリアムがさらに発展させたアイデアを一般化したクリプト経済ネットワークです。クリプトネットワークは、最初の2つのインターネット時代の最良の特徴を組み合わせたもので、コミュニティが管理する分散型ネットワークであり、最終的には最先端の中央集権的サービスを凌駕する可能性を秘めています。
なぜ分散化なのか?
分散化はよく誤解される概念です。例えば、クリプトネットワークの支持者が分散化を支持する理由は政府の検閲に抵抗するためであるとか、リバタリアンの政治的見解によるものであるとか言われることがあります。しかし、これらは分散化が重要とされる主な理由ではありません。
ここで、中央集権型プラットフォームの問題点を見てみましょう。中央集権型のプラットフォームは、始めからわかっているライフサイクルをたどります。初期には、ユーザーや、開発者、企業、メディアなど自社を補完してくれるサードパーティを集めるために全力を尽くします。プラットフォームはその定義からして多面的ネットワーク効果を持つシステムなので、自分たちのサービスの価値を高めるためにこれを行います。プラットフォームが普及のS字カーブを描くようになると、ユーザーやその他のサードパーティに対する支配力は着実に大きくなっていきます。

S字カーブの頂点に到達すると、ネットワーク参加者との関係がポジティブサムからゼロサムに変わります。そこから成長を続けるための最も簡単な方法として、1つはユーザーからデータを取ること。もう1つはサードパーティと競争してオーディエンスと利益を奪いに行くことです。
歴史的な例としては、MicrosoftとNetscape、GoogleとYelp、FacebookとZynga、Twitterとそのサードパーティクライアントの争いが例として挙げられるでしょう。iOSやAndroidのようなオペレーティングシステムは、これらよりは行儀よく振る舞っていますが、それでもApple税などと呼ばれる30%の手数料をしっかり徴収し、一見すると恣意的な理由でアプリを拒否し、自由にサードパーティアプリの機能を取り込むことができます。
プラットフォーマーによる協力関係から競争関係へのこうした移行は、サードパーティからしたらまるで引っ掛けられたように感じます。時間が経つにつれ、優秀な起業家、開発者、投資家たちは、中央集権的なプラットフォームの上に構築することに対して慎重になってきました。中央集権的プラットフォームの上に自らのサービスを構築することは、期待はずれに終わるという証拠が何十年にもわたって得られています。さらに、ユーザーはプライバシーやデータの管理を放棄することになり、セキュリティ侵害に対しても脆弱になります。中央集権的プラットフォームのこれらの問題は、今後さらに顕著になっていくでしょう。
クリプトネットワークの時代へ
クリプトネットワークとは、インターネットの上に構築されたネットワークで、
- ブロックチェーンなどの合意形成の仕組み(コンセンサスメカニズム)を使って状態を維持・更新し、
- 暗号通貨(コイン/トークン)を使って合意形成の参加者(採掘者・マイナー/検証者・バリデータ)や他のネットワーク参加者にインセンティブを与える
ようなネットワークのことです。
クリプトネットワークには、イーサリアムのように、ほぼすべての目的に使用できる汎用的なプログラミングプラットフォームもあれば、特殊な用途に特化したクリプトネットワークもあります。たとえばビットコインは価値の保存、Golemは計算の実行、Filecoinは分散型ファイルストレージに特化しています。
初期のインターネットプロトコルは、委員会や非営利団体によって作成された技術仕様であり、インターネットコミュニティの利害関係者の合意を得て採用されました。この方法は、インターネットのごく初期の段階ではうまく機能していましたが、1990年代初頭以降、新しいプロトコルが広く採用されることはほとんどありませんでした。クリプトネットワークは、開発者やメンテナンス者などのネットワーク参加者にトークンという経済的インセンティブを与えることで、これらの問題を解決します。また、技術的にも非常に優れています。例えば、状態を保持し、その状態に対して任意の変換を行うという、これまでのプロトコルでは実現できなかったことが可能になります。
クリプトネットワークは、複数のメカニズムを用いることで、成長しても中立性が保たれるようにしており、中央集権的プラットフォームのようなおとり商法(引っ掛け)を防止しています。まず、クリプトネットワークと参加者の間で交わされる契約は、オープンソースコードで守られています。第二に、クリプトネットワークは、「声」と「退出」(*1)のメカニズムによって抑制されています。ネットワーク参加者は、(プロトコルを介して)「オンチェーン」と(プロトコルを取り巻く社会構造を介して)「オフチェーン」の両方で、コミュニティガバナンスを通じて発言権を与えられます。参加者は、ネットワークを離れて自分のコインを売るか、極端な場合はプロトコルをフォークすることで退出することができます。
(*1) 編集注
アルバート・O・ハーシュマンによって書かれた論文 "Exit, Voice, and Loyalty" からきている。この論文は、商品の品質が低下したときに消費者が直面する最後通告、すなわち「退出する」か「声を上げる」かのどちらかを選択するという概念に基づいている。
要するに、クリプトネットワークでは、ネットワークの参加者がネットワークの成長とトークンの価値向上という共通の目標に向かって協力するようになっています。ビットコインが、イーサリアムのような新しいクリプトネットワークが成長する中でも、懐疑論者を無視して繁栄し続けているのは、この協調性が大きな理由の一つです。
現在のクリプトネットワークは、中央集権的な既存企業に本格的に挑戦するには限界があります。最も深刻な制限となっているのは、パフォーマンスとスケーラビリティに関するものです。今後数年間は、これらの制限を改善し、暗号スタックのインフラ層を形成するネットワークを構築することになるでしょう。その後は、インフラの上にアプリケーションを構築することにエネルギーが注がれるでしょう。
分散型ネットワークが時代を勝ち取るために
分散型ネットワークが勝つべきだと言うことと、勝つだろうと言うことは別のことです。楽観的に考えられる具体的な理由を見てみましょう。
ソフトウェアやウェブサービスは開発者が作るものです。世界には何百万人もの高いスキルを持った開発者がいます。大規模なテクノロジー企業で働いているのはごく一部であり、さらにその中で新製品の開発に携わっているのもごく一部です。歴史上最も重要なソフトウェアプロジェクトの多くは、スタートアップや独立した開発者のコミュニティによって作られたものです。
あなたが誰であろうと、最も賢い人の大半は、誰かのために働いている。 - ビル・ジョイ
分散型ネットワークは、インターネットの第1の時代を勝ち取ったのと同じ理由から、第3の時代も勝ち取ることができます。そう、分散型ネットワークは起業家や開発者の心をつかむことができるのです。
ウィキペディアと、その中央集権的な競合であったEncartaとの2000年代の競争を例にとってみましょう。2000年代初頭にこの2つの製品を比較した場合、トピックの網羅性や精度の高さなどでEncartaの方がはるかに優れた製品でした。しかし、ウィキペディアは、より速いスピードで改善されていきました。ウィキペディアには、分散型でコミュニティが管理するという理念に惹かれたボランティアの活発なコミュニティがあったからです。2005年には、ウィキペディアはインターネット上で最もリファレンスされるサイトになりました。Encartaは2009年に閉鎖されました。
ここから得られる教訓は、中央集権型のシステムと分散型のシステムを比較する際には、完成品として静的に捉えるのではなく、作り込まれていくプロセスにある製品として動的に捉える必要があるということです。中央集権化されたシステムは、最初はよくできていますが、スポンサー企業の社員が改善していくことで初めて一定のスピードで改善されます。一方、分散化されたシステムでは、最初は中途半端な状態でも、適切な条件のもとであれば、新たなコントリビューターを集めて指数関数的に成長していきます。
クリプトネットワークの場合、コア・プロトコルの開発者、補完的なクリプトネットワークの開発者、サードパーティ・アプリケーションの開発者、ネットワークを運営するサービスプロバイダーなど、複数の複合的なフィードバックループが存在します。これらのフィードバックループは、ビットコインやイーサリアムで見られるように、紐付いているトークンのインセンティブによってさらに増幅し、クリプトコミュニティの発展速度を高めることができます(ビットコインのマイニングで消費される過剰な電力のように、負の結果を招くこともあります)。
インターネットの次の時代を制するのは分散型か中央集権型かという問題は、どちらが最も魅力的な製品を作るかということに集約され、それは質の高い開発者や起業家をどちらが多く味方につけられるかということに集約されます。GAFAには、手元資金、大規模なユーザー基盤、運営インフラなど多くのアドバンテージがあります。一方、クリプトネットワークは、開発者や起業家に対して、より魅力的な価値を提案しています。彼らの心を掴むことができれば、GAFAよりもはるかに多くのリソースを動員し、製品開発を急速に進めることができるかもしれません。
1989年当時の人々に、生活をより良くするためには何が必要かと尋ねたとき、ハイパーテキストで結ばれた情報ノードの分散型ネットワークと答える人はまずいなかっただろう。 - ファーマー&ファーマー
中央集権型プラットフォームでは、リリース時に魅力的なアプリがバンドルされていることが多いです。例えば、Facebookにはコアとなっているソーシャル機能があり、iPhoneには数多くの重要なアプリがありました。一方、分散型プラットフォームでは、明確なユースケースがなく、中途半端な状態でリリースされることが多いです。
そのため、分散型プラットフォームはプロダクトマーケットフィット(PMF)の2つの段階を経る必要があります。
- プラットフォームと、プラットフォームを完成させてエコシステムを構築する開発者や起業家との間でのPMF
- プラットフォームやエコシステムと、エンドユーザーとの間でのPMF
この2段階のプロセスを経る必要があるため、洗練された技術者を含む多くの人々が、分散型プラットフォームの可能性を常に過小評価しています。
インターネットの次の時代へ
分散型ネットワークは、インターネット上のあらゆる問題を解決する銀の弾丸ではありません。しかし、中央集権的なシステムよりもはるかに優れたアプローチを提供します。
Twitterのスパム問題とメールのスパム問題を比較してみましょう。Twitter社がサードパーティ開発者にネットワークを閉鎖して以来、Twitterのスパムに取り組んでいる企業はTwitter社だけになってしまいました。対照的に、メールのスパムに対抗しようとした企業は何百社もあり、ベンチャーキャピタルや企業から総じて何十億ドルもの資金提供を受けていました。メールスパムは完全には解決されていませんが、今ではかなり改善されています。サードパーティは、メールプロトコルが分散化されていることを知っていたので、後からゲームのルールが変わることを心配することなく、メールプロトコル上でビジネスを構築することができたのです。
また、ネットワークガバナンスの問題を考えてみましょう。今日、大規模なプラットフォームでは、責任を持たない従業員グループが、情報のランク付けやフィルタリング、どのユーザーが優遇されてどのユーザーが禁止されるかなど、ガバナンス上重要な決定を行っています。クリプトネットワークでは、これらの決定はオープンで透明性のあるメカニズムを使い、コミュニティによって行われます。私たちがオフラインの世界で感じているように、民主的なシステムは完璧ではありませんが、他の方法と比べるとはるかに優れています。
中央集権的なプラットフォームがあまりにも長い間支配的であったため、多くの人々はインターネットサービスを構築するためのより良い方法があることを忘れてしまいました。クリプトネットワークを使うことは、コミュニティが所有するネットワークを発展させ、サードパーティの開発者、クリエイター、事業者に公平な競争の場を提供する方法として強力です。私たちは、インターネットの最初の時代に、分散型システムの価値を目の当たりにしました。次の時代にもそれを見ることができるよう願わずにはいられません。