【連載】IPOの解体新書(最終夜) - 上場後の落とし穴「出来高不足」に備えよ
スタートアップの登竜門たるIPO。しかしIPOって人生初めてなのに、周りに誰も教えてくれる人がいなくて「どうしたら良いの?」というご相談をよく受けます。「エクイティストーリーってどう作るの?」「公募価格って証券会社に任せてちゃダメなの?」「上場後にみんながハマる罠?なにそれ」。
そうした、これまであまりスポットライトが当たってこなかったIPOとその後のIRについて知見をシェアできればと思い、東証マザーズ上場のKaizen Platform代表の須藤 憲司氏、メルカリを始めとした多くのスタートアップの上場を見届けてきたグロービス・キャピタル代表パートナーの高宮 慎一氏、バフェット・コード氏の鼎談が開かれました。IPOまでにすべきことは何なのか、IRにおける本当の課題は何なのか、3名が語り合いました。全3回。
大事なことは先輩経営者や証券会社に聞きまくって勉強した
バフェコ:とはいえ、そのハードルをかなり高く感じていらっしゃる方も多いと思います。具体的に須藤さんはどうやって勉強してこられたのでしょうか?
須藤:僕はまず、先輩上場企業経営者に話を聞きに行きましたね。何に気をつけたらいいのか、そもそも何をすればいいのかとかめちゃくちゃ聞きに行ってました。バイネームで、証券会社の人間関係とか、担当者はどういう人なのかまで聞いてました。これはできる努力です。
機関投資家にどういう人がいるかとかはわからなかったので、それは証券会社とかに教えてもらいましたね。僕はそもそもロングとかヘッジファンドとかよく分かってなかったので、「なるほど、そういうスタイルの差があるんですね」とか会話しながら学びました。彼らは企業のどこを見ていて、どんな株に投資しているのかっていうのを考えながら、機関投資家の頭の中を理解するっていうことをやっていく。
自分たちの中でクリアにしておかないといけないのが、どういう株価形成がいいのか、3年〜5年くらいのスコープでどういうファイナンスをやっていくのか、その上でできることは何なのか、自分たちでコントロールできることは何なのか。
逆にコントロールできないことは頑張ってもしょうがないので、僕はそれは全部捨てるんです。でもコントロールできることは頑張ってコントロールする、そんな考え方でやってましたね。
経営者は短期志向の株主とどう向き合うべきか
高宮:スドケンさんに聞いてみたいことがあります。「3年〜5年のレンジでコミュニケーションすべし」みたいなのってIRの王道だと思う一方で、マーケットはそんな長期で見てくれるとは限らないじゃないですか。メルカリとかサイバーエージェントでさえ「しばらく赤字堀ります」なんて言うと、短期的には株価がついてこない時期がありました。
そういう時、スドケンさんは経営者として、どういう気の持ちようと戦略でIRをやるのが良いと思われますか?
サイバーエージェントの藤田さんみたいに胆力を持って、株価が短期的に下がったとしても我慢し続けて、5年後に黒字達成しなかったら辞任するみたいなコミットをしてやり抜くのか。それとも上手く折り合える点を見つけるのか。経営陣と株主の見ている時間軸のギャップをどう埋められていますか?
須藤:やっぱりIRのなかで、既存の機関投資家たちがどういうことを期待しているかを探っていくのはとても大事だと思うんですよね。
ロングの投資家のなかには、短期の凸凹は気にしてないからもっと長期で伸びる方法をちゃんと考えて欲しいっていう人が圧倒的に多い。その人たちが何を考えているか、自分たちの話す内容に対しての反応から拾っていくのは1つですよね。
あとは、株価って正直めちゃくちゃ小さいことで動くので、コントロールできる部分では頑張るんですけどコントロールできない部分も正直大きいです。どういう人たちにどういう理解をして欲しいのか考えるしかない。胆力とはちょっと違うかもしれないんですけど、変動する株価に一喜一憂するのではなくて、そういうものであると理解するしかないかなと思ってます。覚悟を持ってどうこうとか、そういうすごい話ではあんまりなくて、誰であってもコントロールできない自然の摂理みたいなものだっていう捉え方で考えるしかないかなと考えています。
一方で、魅力が伝わってないんだとしたらそれはこちらの落ち度です。その場合は、カバーできていないところは何かを淡々とキャッチアップしていくっていう方法しかないと思います。
あとは株価と長期戦略にはトレードオフがあるという話。究極の選択は事業が伸びることだと思っているので、「短期的な株価はマイナスになるかもしれないけれどもこれはこうしていくべきだ」みたいなことは経営陣が腹括って意思決定して実行する感じかなと思っています。
高宮:極論としては、経営者にとってコントローラブル部分という意味では、「事業計画と事業達成度はコントロールできるし、コミットできるけど、株価はマーケット次第で水物」みたいな考え方もあるじゃないですか。経営としては、株価に対する責任ってどのように考えるといいのでしょうか?
須藤:一方で、中長期の株価には責任があると思っているんですよ。短期の業績には責任がありますし、中長期の株価にも責任があると僕は捉えていますね。
高宮:短期の株価は市場のボラティリティみたいなものに振り回されるけど、中長期的にはフェアバリューに収束するということですか?
須藤:あるいは過大なプレゼンテーションしたところで、短期の約束を守らないってなっちゃうじゃないですか。
高宮:ロングオンリーの機関投資家みたいな人をターゲットにしたらそういう話ができる一方で、現実的に時価総額や流動性が足りないから、どうしても短期的な目線の株主が多くなってしまうケースもあるじゃないですか。そういう意味では、どういう投資家をターゲットとするからどういうIR戦略をとるか、という整合性はやはり大事だと思います。
「IPO後の最大のIR課題は売買代金の少なさ」に上場前に気付けるか
高宮:バフェコさんに聞きたいんですけど、現実問題としてマザーズに上場して機関投資家が入ってくれることの方が少なかったりするわけじゃないですか。または、ちょっとだけ入ってくれたけどマジョリティは個人投資家しかいないみたいなことも多いと思います。こういう場合、短期的な業績、株価と長期的な成長のために事業投資を大きくすると利益が圧縮されてしまうということのバランスをどう考えるべきなんでしょう?
バフェコ:確かに個人投資家は機関投資家よりも短期志向にある傾向がありますが、割合の問題にすぎないと考えています。個人の中にも長期志向の投資家は確かにいて、彼らに届くIRをしていれば、計画が想定通りに進んでいる限り信じて保有してくれます。
また、一方で短期志向の株主というのも大切です。機関投資家に入ってもらうための流動性を高めてくれる存在だからです。発行体の悩みとしては、短・長期目線の投資家層とのミスマッチ問題もありますが、それ以前に機関投資家に入ってもらいたいんだけど個人投資家の売買代金が薄くて断られるという問題をお持ちの会社の方がずっと多いです。なぜ個人の商いが薄いのかというと、シンプルに売買してくれる個人投資家が少ないという課題になります。
日々の売買代金が少ないから機関投資家に入ってもらえない、だから個人投資家の売買を増やさないといけない。そうした本質的な課題を、おそらく時価総額300億円以下の企業の8割くらいは潜在的に持っていると思っています。そして時価総額300億円以下の企業というのは国内に上場する企業の6割以上を占めます。IPOする企業の大半も時価総額300億円以下ですので、経営者が上場前にこの壁に気付けているかはかなり重要です。
高宮:機関投資家に入ってもらうにあたって、一日の売買代金の話と、時価総額基準の話が掛け算で効いてきちゃうときに、時価総額100億円とかで流動比率は高いけど純粋な一日あたりの売買代金が小さくて機関投資家は入れないみたいなこともあると思いますが、これはどう見ればいいんでしょうか?
機関投資家は意味があるリターンを出すためにロットサイズとして20億円くらいは欲しい、売買代金の規模的に、何かあったときに1日で売り抜けられないから入れられないみたいなパターンですね。
バフェコ:売買代金の平均で1億円というのが、機関投資家がエントリーできる下限と思って差し支えないです。その水準を満たすのが時価総額でいくとだいたい300億円くらいからというのが一般的です。なかには時価総額300億円未満でも売買代金が1億円を平均して上回っている企業ももちろんありますが、多くはありません。また、1億円というのもあくまで下限です。スモールキャップ専門でやっているところ以外ではそのサイズ感だとエントリーできないことが多い。
高宮:個人投資家が多くても売買代金が少ないケースは、個人投資家が買った値段より下がっちゃってるから塩漬けになってしまっているということですか?
バフェコ:いくつか要因は考えられますが、シンプルに個人投資家に知られていないというのが1番多いです。新規上場したものの、まずは認知のところに課題がある。個人投資家は自身の身の回りで馴染みのある銘柄に集中する傾向にありますから、上場しているから知ってもらえているだろうというような状況にはありません。
また、認知されたとしても次に株を買ってもらおうとなると、その企業が魅力的であることを伝えないといけないわけですが、個人投資家説明会はやってませんという企業はザラにあります。上場したんで一の部見てくださいって思っていても、実際に一の部を読む人なんて個人投資家の1%もいないと思います。認知されてないのでコーポレートサイトになんて来てくれないから成長可能性資料も決算書も適時開示も読んでもらえない。
上場前までは機関投資家にさえ持ってもらえたらなんとかなった会社も多いので、上場後も個人投資家はずっと後回しにしてきました、という企業は多いです。そして気づいたら上場から3年ほど経って、日々の出来高も少ないまま、個人投資家からは「あ〜、なんか名前だけは見たことあるけど、初値がピークだった銘柄だよね。板が薄くて機関投資家は入って来なさそうだからあえて触ることもないかな」みたいに良くないイメージを持たれる状況に陥ってしまいます。いわゆる上場ゴールと言われやすい会社ってそういうメカニズムなのかなと思います。
高宮:行き止まり感があるパターンって、IPO直後が株価の天井で、その後株価が下がり、それに伴い売買代金も下がり、ほとんど取引されていないというような時だと思いますが、そこからはどうやって脱したらいいんですかね。
POするとか、経営陣が売り出しをするとかで流動性を作るってことになるんでしょうか?
バフェコ:もちろんそうしたテクニカルな手段はあります。ただ、まずは王道に、自分たちの会社のことがしっかり伝わっているかを確認するのが先決だと思っています。
結局、ずっと塩漬けにしている投資家たちも、今損切りすべきなのか継続保有するべきなのか分からなくなっているんです。それは経営者の考え方や戦略が伝わってないことが一因です。その場合、例えば実はあと5年は赤字掘りますみたいな話を出したら、「5年はこの株価水準が続きそうだから売っておくか」と感じて売る人が出ますし、「発表された構造改革の中身に期待できるから今は割安で買いが正しい」と考える人も出てきます。
このように株主になって欲しい投資家層に、適切な情報を、適切な媒体で届けることで売買代金を上げていくわけです。
高宮:とにかく自分たちの事業の姿を正しく伝えるというのが原点ですね。
須藤:流動性をいかにして作るかというところで、ロングオンリーの投資家だけだと流動性が下がってきちゃうので、ヘッジファンドとか個人投資家にどうやってアプローチするかは僕たちも同じように考えていてます。
IPOの時にちゃんと考えておかないといけないのはその辺りのシナリオですよね。どれくらい放出して、どれくらいが流動して、みたいな計算をやっておかないと結構辛い気がしますね。
あんまり放出しないことで株価を吹かせるみたいなやつって、長期的には非常に不安定になるのであまりおすすめできないというか。それをやるにしても、短期でどういうことをやってどう言う状態にして、ということを緻密に計算しておかないと厳しいと言うか、そもそも王道ではないと思うんですよね。
やっぱりちゃんとした戦略を考えるというのがベースにないと、それだけで持ってる会社なんて長期的に見たらないよって話ですね。
高宮:基本に立ち返るとファイナンスって事業のための燃料補給手段なので、事業戦略をどう描いて、今ファイナンスしたお金でどれくらい成長するのか、その過程でどれくらい赤字を掘るのか、最終的にはどれくらい利益を出すのかをしっかり投資家に提示して、だから今はこういう状態でも最後は辻褄が合うというのをしっかりコミュニケーションするということですね。
そういう意味では上場後でも未上場でも本質は一緒ですね。上場後の方が色々な要因でリアルタイムで株価が常に動いてるから違うようには見えてしまうんですが、中長期的に見ると一緒ということですね。
今のラウンドでバリュエーションを高くしすぎると、次のラウンドでバリュエーションを上げて調達できなくなるリスクがある。だけどそれを理解した上で、あえて戦略的に高いバリュエーションで多額のお金を安く調達して次のラウンドまでに事業を成長させるというのも、確信犯的な経営判断としてやるならアリ、みたいな話は未上場でも上場後でも同じですね。
バフェコ:仰る通りで、バリュエーションをあえて高めに設定して有利な条件で調達し、そのお金で積極的に投資して高い成長を実現し、後でバリュエーションに見合う業績に仕上げていく、辻褄を合わせにいくみたいな考え方も一理あると思っています。ただ失敗した時の反動は厳しいですね。
高宮:そうですね。ハイリスクハイリターンな戦略。でも、上場後は借入などの調達コストが安い手段を使いやすいし、時価総額が低い時点よりはダイリューションも限定的ですし、未上場時点と比べると上場後にその戦略をとるメリットはそこまでないかもしれませんね。そうだとすると、上場後の方が、未上場よりハイリターンでないかもしれませんね。
バフェコ:一方で、保守的にいくあまりIPO時の公募価格を低くミスプライシングしてしまい、たとえば上場1年以内にもう1回調達しますみたいな話になると、じゃああのIPOは何だったの?必要額を調達できなかったの?ってなります。「もっとちゃんと事業計画を引いてエクイティストーリーを作ってたら、こんな短期間でダイリューションしなかっただろ」みたいなキツめのお叱りを資本市場から受けやすくなってしまう。
高宮:このラウンドで調達したお金で次のラウンドに行くためのマイルストーンを達成するはずだったのが、届かなかったために途中でやるブリッジファイナンスは避けたいという意味では、未上場時点でのVCも一緒ですね。
バフェコ:上場企業になると、今まで対峙してこなかった個人投資家であったり、さまざまな機関投資家がたくさん入ってくることになるので、未上場フェーズと違って別の種類の難しさが出てきますね。いやホント難しすぎる。難しいのにそばで誰かが懇切丁寧に教えてくれるわけでもない。そうした暗黙知に、本稿が少しでもスポットライトを当てられると良いなと願う次第です。
ということで、本日はKaizen Platformの須藤さんと、グロービス・キャピタル・パートナーズの高宮さんと、私バフェット・コードで上場前後の資本政策まわりについてお話してきました。お二方とも、本日はお忙しいところどうもありがとうございました!
須藤・高宮:ありがとうございました!
(連載おわり)
【連載】IPOの解体新書
3️⃣ IPOの解体新書(最終夜) - 上場後の落とし穴「出来高不足」に備えよ