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スタートアップのIPO時における価格設定の問題点について

日付
2021/11/12
ライター
 
 

公募価格の設定プロセスに公取委のメスが入る

 
公正取引委員会によるIPO価格設定の実態調査(2021年8月11日)が行われたようです。これはスタートアップにも大きく影響する話なので、あまり詳しくない方を念頭に置いて話を進めていきます。
 
 
公取委が金融庁と連携して、企業が新規上場する際の公募価格の設定プロセスについて実態把握に乗り出すことが報じられていました。私が見た記事に書かれていたのは、「IPO時の公募価格と市場で売買が初めて成立する際の初値との差額が欧米の差額と比べて大きく、企業の資金調達額が少なくなっているという指摘を踏まえて、独禁法や競争政策上の課題がないかを調べる」ということです。
 
資金調達をしているスタートアップはいつかは上場したり、他社に事業売却することによって投資家にリターンを返す「イグジット」をすることを宿命として背負っています。このニュースはそのIPOプロセスに関する話題ですね。
 
IPO時の公募価格、つまり新規上場する会社の株式をいくらで売り出すかは、市場動向や株式の購入を希望する投資家の応募状況を見ながら主幹事証券が取り仕切って決められていくわけですが、その価格が総じて低すぎるのではないか、そのために不都合が生じているのではないかという懸念があるということです。
 
これは、以前からスタートアップ界隈で注目されていた話題でした。また上場に際してスタートアップと証券会社の間で見解の相違が生じることもあります。そうした経緯もあり、注目が集まっている話題ではあったのですが、まさか公取委が出てくるとは思っていませんでした。
 
みなさんご存知だと思いますが、上場というのは会社の株式を市場で売買できるようにすることです。たとえば上場前のメルカリ株は、一般の投資家は買いたくても買えないわけですが、IPOすると誰でも買えるようになります。創業メンバーをはじめ、以前から株式を保有していた人たちは、上場を機に市場で株式が売買されるようになることで、持ち株を売却してキャピタルゲインを得ることができますね。これが投資家の立場から見たIPOの意義です。
 
一方でスタートアップ側から見るとIPOとは、成長のための資金を調達する機会でもあります。通常、スタートアップは先行投資が続く事業に取り組んでいることが多く、事業を大きく成長させるために外部から資金を調達します。そうして調達した資金で人を採用したり、研究開発したり、あるいはマーケティング予算に充てたりして会社の価値を高め、それに伴って高まる株価をベースにまた資金調達する。資金調達と事業成長を繰り返して一定の事業規模になると、上場して一般の投資家からも資金を調達し、さらなる成長を目指していくわけです。
 
公募価格というのは、会社の株がIPOで売り出される際の価格ですね。購入を希望する投資家が多いと、抽選で割り当てられます。
そしていざ会社が上場すると、その会社の株を買いたい人と売りたい人が市場でマッチングされ、売買が発生します。このようにして上場してから初めて市場でつく株価のことを初値と言います。
 
今回問題視されているのは、日本においては、上場した会社の公募価格と初値の差が非常に大きいということです。
 
たとえば1,000円の公募価格で発行された株式が初値では2,000円になったり、3,000円になったりといったことがよく起こっているわけです。このような初値の高騰が生じやすいため、IPO株を公募価格で買いたがる投資家が多いということですね。
 
 
引用:https://www.tokyoipo.com/column/tokyoipo_2020_IPOreport.pdf
2020年平均初値騰落率(公募に対する初値の変化)は+129.9%となった
引用:https://www.tokyoipo.com/column/tokyoipo_2020_IPOreport.pdf 2020年平均初値騰落率(公募に対する初値の変化)は+129.9%となった
 

「数日で株価数倍」が普通に起きる日本のIPO環境

 
でも考えてみれば当たり前のことなんですが、会社の本質的な価値が公募価格の決定時と初値が決まるタイミングとの短い期間で急に2倍3倍になるわけないじゃないですか。ですが、IPOの瞬間には、わずかな期間で株価が2倍3倍に上がるといったことが、頻繁に起こっているんです。
 
先ほど申し上げたように、IPOはスタートアップにとっては資金調達の機会であり、IPOで調達する資金は公募価格をベースに決められているわけですね。
 
例を挙げてみましょう。
 
公募価格ベースの時価総額が100億円の会社があるとしましょう。この会社が10%分の新規株式を発行したとすれば、10億円の資金を獲得できます。この会社の株価が初値で3倍になったとしたら、時価総額は初値ベースで300億円になります。
 
もし予め公募価格が300億円と設定されていれば、この会社は同じ10%分の新株発行で30億円の資金を調達できていたはずです。公募価格が市場の評価よりも低かったために、20億円分の資金を獲得し損ねたとも言えます。さすがにこれはおかしくないかという話ですね。IPOは、スタートアップの株式に流動性を持たせることによって既存投資家にイグジットの機会を作るという側面もありますが、同時に成長のための資金を獲得するための機会でもあるのですから。
 

公募価格と初値に大きな乖離が生まれる背景

 
公募価格と初値の乖離が生じる背景ですが、上場もしていない会社の株価を市場がどのように評価するのか、ピタリと当てるのがそもそも難しいことは間違いありません。その時々の市場環境によってマルチプルも大きく上下動します。みんなブルで「いけいけドンドン」になっているタイミングもあれば、逆にコンサバティブで思いのほか株価がつかないこともあります。精緻な予測は難しい。
 
そのうえで、構造的に見れば証券会社にはなるべく公募価格を抑えようとするインセンティブが働きやすい状況にあります。
 
ここで証券会社がどうやってIPOプロセスで収益化するのかを確認しておきましょう。
通常、IPO時には会社が新たに株式を発行して資金を調達するのと同時に、既存株主による保有株式の一部売り出しが行われます。この公募増資額と売り出し額を足し合わせた総額を「オファリングサイズ」と呼びます。証券会社が得る手数料は、オファリングサイズと一定の料率を掛け算した額です。これはスタートアップが証券会社に対して支払うIPOの手数料ですね。
 
こうして発行される新株や既存株主が売り出す株は、証券会社の顧客が購入します。顧客にとっては、公募価格よりも初値が高くなり、短期間でキャピタルゲインを得ることができれば嬉しいわけですよね。証券会社側としても、付き合いのある顧客が有利な条件で株式を購入して儲ければ、より自社との関係性を深め、取引を拡大してくれるかもしれないという期待が高まります。
つまりIPO時、証券会社は直接のクライアントであるスタートアップからフィーを受け取る一方、普段から自分たちの証券口座で取引している顧客に株式を割り当てて、その人たちに美味しい思いをしてもらうことで、より自社との関係性を深めてほしいという思惑が働き得るわけです。
 
たとえば、数千億円規模の大型上場を果たすスタートアップがあり、数百億円規模の資金をIPOで調達するとします。オファリングサイズに応じたフィーを得るという証券会社のビジネスモデルから考えると、オファリングサイズが大きいIPOの場合、証券会社はよりスタートアップの方を向いてIPOを成功させるインセンティブが強くなります。
 
それに対して、小さい規模感で上場する会社の場合、状況が異なります。2020年にマザーズに上場した会社の公募価格ベースの時価総額の平均は大体50億円程度ですが、こうした規模の会社によるIPOでのオファリングサイズは数億円規模に留まることが多いでしょう。こうしたIPOから証券会社が得られるフィーはあまり大きくはありません。会社側からのフィーだけを念頭にスタッフを動員していると、採算が合わないかもしれません。
 
こうした規模感のIPOの場合、新株や売り出される株を購入する顧客側を向くインセンティブがより強く働きます。新規公開株の初値が公募価格比で数倍に跳ね上がれば、上場株を割り当てられた顧客が大儲けできる。このようにして顧客に気持ちよく取引を続けてもらう方が、証券会社にとって経済合理的な判断になり得ます。
もちろん、証券会社の個々の方々は職業倫理に基づいてフェアなバリュエーションを試みてらっしゃるはずですが、外形的に見るとこうしたインセンティブ構造になっているということです。
 
こうしたビジネスモデルの構造に加えて、スタートアップと証券会社間の情報格差も影響します。
 
何度もIPOの引受業務をしている証券会社と、初めて上場するスタートアップ。どう考えてもここには情報の非対称性があります。当たり前ですが、証券会社の方がIPOプロセスについては圧倒的に詳しいわけです。
 
証券会社の立場からすると、主幹事の地位を勝ち取るためのプレゼンテーションの段階ではなるべくスタートアップに気に入ってもらう必要があります。ただ上場が近づいた段階になり、諸条件が反映された結果、「当初に想定されていた条件と違うじゃないか」といった事態が起こり得るのです。
 
こうした事態が生じた際、スタートアップの中にIPOの実務経験が豊富な金融リテラシーの高い方がいれば、証券会社と真っ向から議論できるんでしょうが、多くのスタートアップではなかなかそうもいきません。
 
そもそも上場準備って非常に大変なんですよね。諸々の準備に係る事務手続きも大変ですし、M&Aや海外進出といった大胆な施策もしづらくなる。やりたいことがあっても、上場準備期間はなかなかできなくなってしまうものです。そんな中でようやく上場できると思っていたところ、想定よりも悪い条件が提示されてひと悶着生じたとしても、その段階で証券会社を変えてIPOプロセスを仕切り直すという判断にはなかなか至らないことでしょう。
 

初値の高騰は個人投資家の流入を促しているという意見も

 
この点について、とある方と話をしていたときにこんなことを言われたことがあります。
 
日本でIPO市場が盛り上がり、スタートアップがマザーズに上場できるのは、IPO株が儲かると個人投資家が思って買ってくれているから。これが儲からないとなると、誰もIPO株を買ってくれなくなってしまい、IPOできる会社が少なくなってしまいますよ。それで良いんですか?
 
これ、たしかに一理あるようにも聞こえますが、正直私はしっくりきません。
 
極端な言い方になるかもしれませんが、それで上場できない会社というのは、所詮それまでなんじゃないかと。そんなことは決してないと思いますが、もし仮に、こうした理由で証券会社が意図的にスタートアップの公募価格を引き下げようとしているのであれば、それは職業倫理にもとる行為なんじゃないかと思います。
 
今回、公取委が介入することで「〇〇は禁止」と杓子定規に何かが決められるわけではないと思うんですが、先述したような非対称性があることを思うと、この一件である程度の緊張感が生まれるのであれば、スタートアップと証券会社間のフェアな取引を実現するという意味においては良いことなんじゃないかと思います。
 
株式の話をするとき、基本的に主語は投資家であることが多いですよね。IPOの話題も然り。新規上場する会社の経営をしている人なんてほとんどいないのですから当然のことではあります。基本的に投資家が株を買って儲かったか損をしたかという目線で、資本市場に関する話題は展開されますよね。
 
IPOの勝敗表みたいなものを見たことがある方もいると思いますが、ここで言う「勝ち負け」とは投資家の目線で判断されています。要は上場して株価が急騰したような上場事例は「勝ち」と評価されるという話。
一方で、公募価格から大して初値が上昇しなかった上場はネガティブな評価をされることもあるわけです。
 
もちろん資本市場のあるべき姿について考える際、投資家保護は極めて大事な論点ではありますしが、投資家側の観点からだけで捉えて良いんだろうかとも思うわけですよ。
 
IPO株で大儲けする人がいるということは、本来、日本の未来を牽引することを期待されるスタートアップが上場によって得られるはずだった資金を十分に得られなかったということの裏返しなのですから。
 
株価が初値高騰したかどうかのみを切り取って、投資家からの視線のみで「勝った負けた」ともてはやす風潮はいかがなものかと私は思います。
 
資本市場において投資家保護が大事だというのは間違いありません。ただ、投資はあくまで自己責任。日本の産業を支えるスタートアップがちゃんと成長資金を得られるということにもっと配慮がなされてもいいんじゃないかという気持ちがあります。もちろんこれは私のポジショントークにはなりますけどね。
 

米国で取られる対策、ダイレクトリスティング

 
この点、アメリカで出てきているのはダイレクトリスティングという形式ですね。上場はするけど、上場時に資金調達はしないという形式です。市場に任せることによって自然と価格が決まり、この価格をベースに改めて公募で資金調達すればよいという考えです。
 
同様によく話題になるのがSPAC上場という形式です。私個人はSPAC上場に対して懐疑的なんですが、スタートアップ側に選択肢を増やす、値付けに緊張感を持たせるという意味においては、オプションとしてあっても良いのかもしれません。
 
IPOにおいて、証券会社とスタートアップが揉めるというのは、ままあることです。自分もなかば当事者として経験したこともありますし、傍から見て「これは揉めたんだろうな」と思う例もあります。
 
通常、上場時の主幹事はずっとその会社に付き添いたいと思うはずですが、上場以降の市場変更などのタイミングで主幹事が変わっていたり、上場後の公募増資を違う証券会社が仕切っているということが結構あります。こういう場合、IPO時に何かが起こったのかなという憶測は招きますね。
 
以上、スタートアップと証券会社の関係性を念頭にお話しましたが、一概に証券会社が悪いというわけでは決してありません。フェアに価値を評価することや、市場からの評価を見極めるのがそもそも非常に難しいことであるが故に生じる論点でもあります。地味でなかなか取り上げられにくい話題ではありますが、日本のスタートアップが上場後も継続的に成長する環境を整えていくためには非常に重要な論点だと思っています。
 
 
※この記事は配信者の許可を得て公開するものです。
 
朝倉 祐介
ベンチャー投資・シニフィアン共同代表/THE FUNDのGP/競馬騎手候補生→東大→マッキンゼー→スタートアップCEO→ミクシィCEO→スタンフォード客員研究員