自ら作り上げてきたVCモデルの破壊。Sequoia Capital 新ストラクチャーの衝撃
Sequoia CapitalがVCモデルを破壊する
Sequoia Capitalが今までのVCのストラクチャーを変えると発表しました。
私にとって非常に興奮するニュースでして、今年聞いたニュースの中では自分的に最高に盛り上がっています。
この試みはVCというビジネスモデルを大きく再定義する内容になりうると思っていますが、もしこういったストラクチャーの変化を日本に持ち込むことができたら、極めて大きな影響を及ぼしうるんじゃないかなと思っています。
シニフィアンのパーパスは「スタートアップの成長支援を通じて、未来世代に引き継ぐ産業を創出すること」なんですけど、このストラクチャーであれば本当にそれが実現できるんじゃないかと感じたこともあり、個人的に非常に盛り上がっているんですね。
何が起きているのかを説明しますが、まず、Sequoia Capitalというシリコンバレーを代表する名門ベンチャーキャピタルがあります。これまで投資してきた企業にはApple, Google, Cisco, Unity, Snowflake, Zoomなどがあり、世界経済を牽引するものすごい会社に投資をしてきたVCです。
従来のVCモデルと新ストラクチャーの違い
VCというのはファンドを作ってスタートアップに投資を行いますが、だいたい10年や12年といった期限があり、期限前までにリターンをLP(Limited Partner。ファンドに投資する投資家)に支払って解散します。通常、VCを運営するGP(General Partner)は数年おきに新しくファンドを組成します。
今回セコイアが発表したことは、The Sequoia Fundという新しいファンドを組成すること。そしてこのファンドはオープンエンド型のビークルなんですね。オープンエンド型というのは、私たちが個人でも購入するような一般的な投資信託と同じで償還期限がありません。いつでも換金可能で継続運用されることを想定されているファンドです。
それに対して一般的なVCのモデルはクローズドエンド型と呼ばれていて、「みなさんお金を出してください!」と言って集めてきたお金を投資をして、10年〜12年くらいの期間の間で随時リターンを返しつつ、期限が到来したら「それでは解散します!」と言って得たお金を全部返すという仕組み。
一方で、セコイアが新しく作るオープンエンド型はずっと続くことを想定したファンドです。これまでセコイアが組成してきたようなVCファンドをサブファンドと呼んで、オープンエンド型のThe Sequoia Fundの下に置く。
Seed, Venture, Growth等のスタートアップに直接投資するファンドの唯一のLPがThe Sequoia Fundとなり、今までセコイアが運営してきたファンドに投資してきたLPたちは、オープンエンド型のファンドであるThe Sequoia Fundに今後はお金を出す。そしてセコイアは、The Sequoia Fundのなかからサブファンドにお金を出す。
スタートアップに直接投資をするサブファンド自体はクローズドエンド型を想定しているようですが、実質的にセコイア全体としてはオープンエンド型に切り替えていくということなんだと思います。

ここでまず、従来のVCの前提を確認しておきましょう。
1つはクローズドエンド型のファンドであること。オープンエンド型であればずっと株式を保有できるかもしれない一方で、LPからは流動性を求められるわけです。しかし未上場のスタートアップというものは基本的に流動性がないため、いざLPから「オープンエンドなんだしお金返してよ」と言われても、なかなか現金化して返すことができません。そのため、あえてクローズドエンドという縛りを設けて「10年経ったら大きいリターンを上げてお返しします」というストラクチャーをとっているというのがVCモデルの基本です。
もう1つ、VCはその名の通り、基本的に未上場投資をするものです。上場株に投資をするのではなくて、まだ上場していないスタートアップに投資をする。また一般的には投資先が上場したら、なるべく早いタイミングで売却してLPにリターンを返すことを求められます。上場した会社がポートフォリオに混在することは、あまり好まれません。
この2点が、従来型VCの前提でした。

Squareは「上場後」から現在までに40倍成長した
今回こうしたオープンエンド型のビークルを最上位に置くことでセコイアが何を考えているのかというと、まず1つは母体組織で株式を持ち続けられる構造にしたことによって実質的な投資期間を非常に長くすることだと思います。
実際、セコイアのGPが「これまでセコイアはいろんな立派なカテゴリーキラーの会社に投資してきました。そのなかで特に顕著なのがSquareで、2015年のIPO時の時価総額は29億ドルでした。その5年後にはSquareの時価総額は860億ドルに成長し、現在では1,170億ドル以上の価値があります。」と発言しています。
仮に上場したタイミングで保有している株式をすべて売却していたら、40倍以上の成長分を取り逃していたことになるわけです。
つまり今回の話は、そもそも10年で償還しないといけないファンドサイクルって時代遅れだよねということを、業界を牽引してきた名門VCであるセコイア自らが宣言しているわけですね。新しいストラクチャーに変えることによって、創業者やLPとのインセンティブ構造を合致させることができるんじゃないかというわけです。
IPO前夜になると、創業者たちは私たち(VC)が取締役会を抜け出してすぐに株式を分配しなければならないのではないかという奇妙な力学を生み出しています。多くの価値創造はIPOの後から生まれるのに、なぜ今の形がデフォルトでなければならないのでしょうか。
伝統的なファンド構造が株式の早期売却を促してきました。それによって本来もっと得られたはずの追加的リターンを一切得ることができませんでしたが、今回のファンド構造の変更によって、LPとGPの目線を合わせることができるのではないでしょうか。
セコイアのGPはこう述べていますが、これは非常に共感する指摘です。私自身も未上場スタートアップの社外取締役に就任し、上場後もしばらく継続して務めたことがありますが、未上場の段階では、いろいろな投資家がオブザーバー権を持って取締役会に参加し、闊達にディスカッションを行います。
ただ上場申請期間に入ると、インサイダー情報を扱うことを避けるといった観点から取締役以外のオブザーバーなどはそうした議論の場に参加するのば難しくなります。上場タイミングでの株式売却を想定した必要な措置ですが、こうした状況は日本もアメリカも同じかと思います。
一方で、実質的にファンドの期限がなくなり、なおかつストラクチャー変更によって上場株をも保有することができれば、未上場段階から関与してきた投資家は、上場後もそのスタートアップに関与し続けることができます。テクニカルにはサブファンド単体でスタートアップの株式を保有し続けるのは無理かもしれませんが、親ファンドも含めてSequoia Capital全体で見れば、こうした取り組みが実現できるんじゃないかなと思うんですね。未上場と上場をまたぐクロスオーバー投資が実現できるというわけです。
この他の論点として、今回のストラクチャー変更に伴い、セコイアは投資顧問業を取得するようです。それによって暗号資産の売買や暗号資産による資金提供ができるようになるだとか、税務メリットもあるようですね。おそらくサブファンドはクローズドエンド型で運用し、投資期間が終わるとオープンエンド型の親ファンドにあたThe Sequoia Fundに株式を譲渡するということでしょう。この時点では流動化しないので利益は確定せず、税金を支払う必要がないというメリットがあるんじゃないかと推測されますが、このあたりは私もよくわかりません。
融けていく未上場株市場と上場株市場の垣根
今回の話は、上場株と未上場株の垣根がどんどんなくなってきているという流れの1つと思っています。今までは未上場投資をする側が上場投資する側に進出するというよりは、ミューチャルファンドやヘッジファンドといった上場株プレイヤーが徐々に未上場に染み出すといった流れがありました。最近だと、主に上場株を投資対象とする海外投資家が日本のスタートアップにも投資をするようになったことが話題になっていますし、日本のプレイヤーでも農林中金さんがサンアスタリスクさんに投資をしていたという事例もありますね。
一方で、未上場に投資するプレイヤーが上場後でも株式を保有し続ける仕組みを作ったことで、上場株市場にも進出するという、これまでと逆の流れも起きるんじゃないでしょうか。日本も含めて世界では現在、未上場期間の長期化が起きていますが、そうした状況への対応策でもあるでしょう。
こうした流れが定着すれば、VC側も「ファンドの償還期限があるから早く上場してほしい(そしてVCの持ち分を利確させてくれ)」ということを気にする必要がなくなり、「会社の価値を長期手により高めることを考えよう」という、より本質的な論点に目線が集約されていくのではないでしょうか。この点において、とても面白い施策なのではないかと思っています。
私がこんなに興奮している理由は、これを日本で実現できたらより大きな効果があり得るんじゃないかという試みに思えてならないからなんですね。
セコイア単体の観点で見れば、セコイアという1投資家がより儲かるにはどうすればいいかという施策ですから、はっきり言って外野の人間には関係ありませんし、セコイアがより儲かったところで、そのステイクホルダー以外には関係ない話です。
一方で、日本でこれが実現できたら、投資に関与していない人たちに対しても大きくプラスになる外部経済が働くんじゃないかなと思っているんですね。
この新ストラクチャーは日本のエコシステムをこそ拡大しうる
日本のスタートアップ・エコシステムを拡大させ、スタートアップを通じて新しい産業を創出していく上では、いくつか要素があると思います。そのうち、上場後も継続して成長していくスタートアップをより多く輩出するということは重要な論点の1つです。
仮にセコイアのスキームが機能する、つまりオープンエンド型のファンドストラクチャーが実現し、クロスオーバーの投資ができるようになったとすると、ファンド側の償還期限といった背景による上場プレッシャーはなくなります。
ファンド期限については「セカンダリーで売ればいいじゃん」と言われればその通りではあるのですが、ファンド側もLPのお金を預かって運用している以上、スタートアップの成長に貢献する傍ら、LPの方々にしっかりリターンを戻すという責務があります。そのためにはファンドの償還期限内において、投資先を確実にイグジットさせてリターンを上げようとするのは当然のことです。そうなると、特にスタートアップが創業間もないころにリスクをとって応援なさったVCの方々は、どうしてもIPOやM&Aに至るまでに時間がかかるので償還期限にヒットしやすくなります。そのため、どうしても上場して欲しいというコミュニケーションが生まれやすくなるわけです。
そうしたコミュニケーションが起きるタイミングで十分な規模感までスタートアップが成長しており上場できればいいわけですが、事業成長の時間軸とファンドの期限の時間軸とはまったく関係ないものです。そのため「本当はもう数年は先行投資して未上場のまま潜りたい。そうすることでより大きな規模感で上場することができるんだ」といったことをスタートアップ側が考えている場合、どうしても時間軸で齟齬が生じることも起こり得るわけですよね。実際に未上場で先行投資を続けることが本当にスタートアップにとって良いのかというと、状況次第なのでわかりませんが、いずれにせよ目線のズレが生じ得る。
今の日本のエコシステムには「スタートアップの第二の死の谷」が存在している
スタートアップ側もリスクマネーを提供した投資家に報いるのは当然の責務ではありますし、投資家側の要望を踏まえて早いタイミングで上場することもあります。ただ、まだまだ先行投資が続く段階に小さいサイズで上場することで、理想とする成長スピードを実現できない、あるいは上場後の経営に苦戦するといったケースもあります。一方で機関投資家が投資する規模感よりは小さく、また未上場のタイミングから支援していた投資家は退出してしまう。こうしたことによって継続成長が苦しくなってしまうことを、私はスタートアップの第二の死の谷と呼んでいます。
最近だと、ディープテックのような事業に取り組むスタートアップににリスクマネーを振り向けていこうというのが政策的な課題になっているように見受けます。ソフトウェアなどとは違って非常にリードタイムのかかる業種ですが、これを従来的なベンチャー投資のスキームで支援するのはなかなか難しい。どうしてもファンドの一般的な時間軸では中途半端な状態でのイグジットを促さなければいけなりますし、そうなることが嫌だからなかなか投資も進みにくい。今後、こうした負のサイクルがより顕在化するんじゃないかと思います。
もし仮に、日本においてもファンド期限の縛りや、未上場・上場といったアセットクラスの制約が取っ払われることになれば、VC側も早期のIPOを促す必要がなくなる。さらに、すべてのステイクホルダーが未上場・上場関係なく、事業の継続的成長をどうやって実現していくのかに目線を合致させることができるんじゃないか、そうすることで本当にスタートアップ発による大きい産業を作ることができるのではないかと、私は思っています。
だいぶ前のめりに話しましたが、セコイアのVCモデル破壊は私にとってそれくらい興奮する話題なんですね。
日本でも実現させられるかの鍵は「LPの合意を得られるか」
これを実現する上で何がハードルになるのかですが、最大のネックはLPの合意が得られるかどうかだと思います。
「そんなに良い仕組みなんだったら日本でも早くやればいいじゃん」と思われるかもしれませんが、なかなかこの合意を得るのは難しい。最大の理由はアセットクラスが混在することですね。基本的にベンチャーキャピタルというのは、広義のプライベートエクイティの一種であり、オルタナティブアセットです。上場株とはまったく違うリスク性質のあるアセットなんですね。
にもかかわらず、VCがクロスオーバー投資を実現しようとすると、異なるリスクのアセットが混ざってしまう。LPの観点からすると本来VCに投資することで未上場株のリスクをとろうとしていたのに、VCが上場したスタートアップの株を持ち続けることで、気づけば上場株の比率が高くなってしまう。こうした事態をはたしてLPが許容できるのか。
結局VCもスタートアップも、LPから見れば一種の金融商品です。取ろうとしていたリスクからズレてしまう危険性を秘めた金融商品が、果たして投資家から見て魅力的なのかどうか、難しいポイントかなと思います。
LPの方々からしたら、上場株は自分で買えるわけですよね。未上場の株は買いたいと思っても買えるわけではありません。直接期には買いづらいし評価もしづらい未上場の株式の中から優良なものを見つけてきて投資をするのがLPの方々から見るVCの価値であって、誰でも買える上場株を扱うのであれば、極論自分たちでもできるわけです。
また流動性も論点になるでしょう。GPから見たクローズドエンド型の良いところは流動性を求められないことですね。基本的にスタートアップの株式には流動性がありませんから、売りたいと思ってもすぐに売れるわけではない。したがって「一定期間資金をロックアップさせてください。その代わり大きく返します」というのがVCのお金の預かり方です。一方でオープンエンド型になると、流動性が生じます。そのため、LPの方々からすると「クロスオーバーで上場株を取り扱い、なおかつオープンエンド型なら流動性は担保されるんだよね。どれくらいの期間で売買できるんですか?1日ですか?1週間ですか?」みたいなことが気になるわけです。
これは実際にかつて私が言われたことでもあります。完全なクロスオーバー型の投資ビークルを作れないものかと考えていろんな方々とディスカッションしたことがありますが、そのときに強く指摘されたのが上場株を扱う際の流動性についてでした。
VC業界を牽引してきたSequoia Capitalだからこそ為せる技
この点、オープンエンド型のThe Sequoia Fundは流動性をどう担保するのかが気になるところなんですが、これは流動性に関してLPからとやかく言われないという信頼関係が為せる技なんだろうと思います。
加えてVCの従来型のファンドマネジメントと違う課題を挙げると、ボラティリティがあることです。上場株が混ざることによってファンドの出資先の株価が時間単位で変わっていく。
随時、時価評価される上場株の投資と、リアルタイムでは時価評価されない未上場株の投資はかなり性質が違うものです。どちらか片方ができればもう片方もできるかと言うと、そんなことはまったくない。VC業を営んできたセコイアがボラティリティにどう対応するのかが気がかりな点です。今の情報だとわかりかねますが、投資先フェイズによって保有するサブファンドを移し替え、サブファンドごとに適したファンドマネジャーを任命するなどして対応するのかもしれませんね。
繰り返しになりますが、これはセコイアというシリコンバレーきっての老舗ファンドであるからこその信頼によってできる大胆な施策です。そうした信頼を背景に、VCのビジネスモデルを形作ってきた張本人がいわば自己破壊のような形でVCモデルをディスラプトしようとしている状況なんですよね。
単にシリコンバレーに留まる話ではなく、「もしもこれが日本で実現できれば、ひょっとしたら日本社会は変わり得るんじゃないか?」という点で妄想と興奮が止まらない話ですし、何とか日本でも実現できないものかと思う次第です。
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朝倉 祐介
ベンチャー投資・シニフィアン共同代表/THE FUNDのGP/競馬騎手候補生→東大→マッキンゼー→スタートアップCEO→ミクシィCEO→スタンフォード客員研究員