なぜスタートアップはタイミングがすべてなのか
公開日
2021/06/20
著者
原子物理学では、自立した核連鎖反応を起こすために必要な核分裂物質の最小量を臨界質量:クリティカルマスと呼んでいます。これは、複雑なシステムにおいてある閾値を超えると、突然、強力で持続的な変化が起こるというものです。
私自身の起業経験や投資経験から、これは反論の余地のない法則であり、スタートアップ企業にも適用されます。どんなに強力な創業チームであっても、市場への参入が早すぎると、来るはずもない日を待つことになりかねません。一方で参入が遅すぎると、規模の大きい既存企業との戦いで苦戦を強いられることになります。スタートアップにおいては、タイミングがすべてです。
スタートアップのタイミングを理解するために、私たちはスタートアップのクリティカルマス理論というフレームワークを開発しました。クリティカルマスとは、プロダクトや市場が一夜にして急激に変化する時のティッピングポイントのことです。クリティカルマスとは、次の3つの条件が満たされたときに、スタートアップのチャンスが生まれるというものです。
- 経済的な推進力
- 実現可能な技術
- 文化的な受容
目次
スタートアップのクリティカルマス理論

あなたは創業者として、これら3つの前提条件をコントロールすることは通常できません。これらはすべて外的要因です。しかし、これらを理解し、3つの前提条件が合わさったときの力を理解することで、新たなスタートアップの機会を見極め、リソース配分の順序を決め、スタートアップ自身の運命を決めることができるのです。
前提条件その1:実現可能な技術
タイミングを見計らう上で重要なのは、実現可能な技術があらかじめ存在していることです。バーチャルアシスタント(Alexa)、ストリーミングサービス(Twitch、Netflix)、ライドシェア(Lyft、Uber)、ウェアラブル(AirPods)などは、それぞれ低遅延音声認識、スマートフォン、Bluetooth、センサーなどの技術がなければそれぞれ成立していません。
創業者にとって、時代を先取りすることは、間違っていることと同じになりかねません。そして、もしスタートアップが適切な構造の実現可能な技術を持たずに市場に参入した場合、ランウェイが尽きるまでにトラクションを得ることはできないでしょう。多くの優れた創業者に見られるのは、新興技術の軌道を明確に理解していること、そしてそれらの技術がプロダクト体験の変革を可能にするような転換期の先端にあたるタイミングを理解していることです。
前提条件その2:経済的な推進力
創業者は、常により良い方法を模索し、テクノロジーの最先端に身を置きたいと考えています。それと同時に、優れた創業者には先見の明があり、経済トレンドを注視しています。例えば、プロダクトやサービスが不採算から採算へと変化したときや、これまでニッチだった市場が小規模から大規模な市場へと変化したときなど、経済的推進力が新たなチャンスを生み出すことがあります。もしあなたが経済トレンドを観察せず、そうしたトレンドをあなたのスタートアップが解決しようとしている問題に適用していないのであれば、おそらく大きなチャンスを逃していることでしょう。
このような現象のひとつに、規模の経済があります。高価だったものが安価になれば、経済的な推進力となり、主流となっているものを揺り動かすことができます。例えば、オフグリッド機器(訳注:送電線網を利用しない機器)が本格的に普及したのは、ソーラーパネルの価格が下がってまったく新しい製品が登場してからです。テスラや電気自動車は、携帯電話ブームによってバッテリーの価格が下がったことで、より現実的なものとなりました。また、同じ処理能力でもコストが下がれば(ムーアの法則)、スマートフォン革命のようなチャンスが生まれます。
逆に、教育や育児のように、かつては安価だったものが高価になることでも新たな市場機会が生まれます。
また、価格の高騰も同様です。Netflix、Spotify、Huluのようなストリーミングサービスを提供する企業が増えたのは、ケーブルテレビの契約料やレコードアルバムの値段が高かったことが一因です。また、契約労働者のコストが高く柔軟性に欠けることや、経済の一部で賃金が伸び悩んでいることから、ギグ・エコノミーのような経済や、TaskRabbit、Postmates、DoorDashなどのスタートアップが誕生しました。
また、不況のようなマクロ経済的な要因がシェアリングエコノミーを生み出しました。AirbnbやLyftが金融危機後の数年のうちに登場したのは偶然ではありません。
前提条件その3:文化的な受容
テクノロジーとの関わり方は急速に変化します。行動の変化に伴い、市場カテゴリーの存続可能性も変化します。
スタートアップは、文化的規範を変え、後に行動様式すらも変えた先駆者たちが行った重い仕事から恩恵を享受することが多いです。Instagramの成功には、ブログやVlogのプラットフォームの登場から、Facebookや「自撮り」文化まで、20年にわたる文化の再プログラミングが必要でした。Instagramの先駆者たちは、「知らない人は危ない人」という意識から、オンラインで共有することは受容され、実質的に義務化されている状態に変えました。
文化的な受容は無形のもののように見えますが、クリティカルマスの方程式には欠かせない要素です。さらに、文化のシフトは規制の変更につながり、それが特定のカテゴリーの存続に大きな影響を与えることもあります。例えば、オンラインスポーツギャンブルは、連邦政府による禁止を最高裁が覆したことで、その可能性が大きく広がりました。この判決により、起業や投資が活発になることは間違いなく、ちょうど先週にも、Fanduel社がヨーロッパのギャンブル企業に買収されたばかりです。また、90億ドル規模の市場とも言われるマリファナ関連のスタートアップ企業の台頭も最近の例です。
クリティカルマスに関しての究極のケーススタディ:iPhone

サービスを作る前には、タイミングの良さを理解することが必要不可欠です。Palm Pilotを見てみてください。iPhone以前に存在していた革新的なプロダクトを考えてみてください。1990年代後半から2000年代前半にかけて、Palm Pilotは驚くような新しいテクノロジーを次々と生み出しました。しかし、振り返ってみると、それらの成果は単なる実現可能な技術に過ぎませんでした。Palm Pilotは、タッチスクリーン、プロセッサー、ブロードバンドインターネット、モバイルOSなど、今日のモバイル企業を動かすコアテクノロジーの多くにアクセスしていました。
ではなぜ私たちはみんな、Palm Pilotを使っていないのでしょうか?
Palm Pilotが本格的に普及するためには、2つの重要な外部環境が必要でした。それは、携帯電話通信のインフラ(実現可能な技術)と、iPod革命に伴うモバイルデジタルデバイスの普及(文化的受容)でした。
2007年頃に携帯電話通信のインフラがクリティカルマスに達したとき、10年以上もPalm Pilotデバイス上で失敗していたのと同様のコアテクノロジーが、Appleを地球上で最も価値のある企業へと押し上げました。
しかし、Appleの成功は天才的なプロダクトイノベーションとUXのおかげではないのでしょうか?
確かにそれらは重要な要素であり、iOSのプラットフォーム・ネットワーク効果も重要です。しかし、Appleがこのような驚異的な成長を遂げた本当の理由は、クリティカルマスを体験できたからです。Appleは、スマートフォン革命の前夜という絶好のタイミングでモバイルコンピューティング市場に参入し、プロダクトとマーケティングのノウハウを駆使して文化的現象を生み出しました。
クリティカルマスの時点で規模を拡大できた企業が勝利を収めることができ、それはまさにAppleがiPhoneで成し遂げたことです。AmazonはEコマースで、Googleは検索で、そしてその他の歴史上のほぼすべてのカテゴリーを定義する企業がこれを行ってきました。
最先発(あるいは最後発)の優位性というパラダイムが間違っているのはここなのです。重要なのは、競合他社よりも絶対的に早いか遅いかということではなく、クリティカルマスポイントに最も近いところで市場に参入するのは誰かということです。技術、経済、文化の力が結集して、創業者たちが爆発的な成長を遂げるのは、この時点においてなのです。
※この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。