グロービスキャピタルパートナーズの主戦場
公開日
2021/09/04
著者
グロービスキャピタルパートナーズ代表パートナーの高宮 慎一さんにベンチャー投資にまつわる話をお伺いする、5回にわたる連載。
第3回は高宮さんに「グロービスキャピタルパートナーズの主戦場」について語っていただきました。
高宮 慎一
グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー
コンシューマ、ヘルスケア領域の投資担当。Forbes 日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング 2018年1位、2015年7位、2020年10位。東京大学経済学部卒、ハーバード経営大学院MBA。
投資先実績はIPOはアイスタイル、オークファン、カヤック、ピクスタ、メルカリ、ランサーズなど、M&Aはしまうまプリントシステム、ナナピ、クービックなど、アクティブな投資先にはタイマーズ、ミラティブ、ファストドクター、グラシア、アルなどがある。
グロービス・キャピタルの主戦場
グロービス・キャピタルの投資先は、シードとレイターどちらの方が多いんでしょうか?
なぜかうちって「グロービスは、ミドル、レイターですよね?」って言われるんですけど、実は初回投資の6割くらいがシリーズA、プレシリーズAなんですよ。
やっぱり目立つのが大型調達とかIPOとかだから、後ろの方で投資しているイメージがあるのかもしれないですね。シードは少ないですけどやってますし、プレシリーズAは多いです。シードでいうと、NobodySurfとか、けんすうさんのアルとか、担当別ですが英会話のフラミンゴなどはそうですね。
やっぱり数からくるイメージはあるんですかね。シード専業のファンド、たとえばEast Venturesとかだとシードで何百社投資してるから、シードいっぱいやってます感が出てますよね。
うちって1ファンドあたりのポートフォリオが30社くらいしかなくて、うちシードが数社という感じなので、うちのなかでのシェアはそこそこあっても、シードのマーケットの中でのシェアという観点で見ると相当少ないからかもしれません。
とはいえ、主戦場はシリーズA・プレシリーズAです。そこから入って最後までフォローオンするというのが、基本的な投資の仕方です。現行の6号ファンドでは、累計で1社に52億円まで投資できる建付けになっています。
未上場の大型化とVCビジネス
海外ではTiger GlobalやSoftbank Vision Fundが大きい案件をとっていきますよね。国内でも大型案件が増えてきているなかで、国内のレイター案件に彼らが参入するかもしれないという脅威を感じたりはするのでしょうか?
一定棲み分けるとは思います。逆に言うと、彼らがアーリーやシードから国内の良い案件を発掘できるかというと、それは日本専従でオペレーションをもたないと難しいと思うんですよね。レイトステージのプレーヤーは、PLやKPIの定量的に分析しやすい実績が明確にあって、ステータスこそ未上場だけど、もはや上場株投資に近い投資スタイルだと思ってます。
ファンドの図体が大きすぎると、例えば10兆円のファンドで1億円シードに投資して、それが1,000倍になったところでそんなに嬉しくないみたいな世界で、レイターのファンドにとって、レイターで500億投資して、5倍、10倍にしたほうが効率が良いんですよ。僕らがアーリーから入って、500億円調達のレイターラウンドだとお金を出しきれないと思いますので、パスを出して共同投資するというのは良い協業の形だと思います。実際にANDPADやキャディはそんな形になっていて、美しいなと思います。
やっぱりファンドビジネスの難しさって、ファンド規模に対する適切な投資ロットがあること。僕らが400億円のファンドでシードに2,000万円投資しても、ファンドに期待されるリターンである400億円の2.5倍=1,000億円に対しては、大きなインパクトを出しにくい。
また逆も真なりで、5億円のシードファンドが1億円投資というのも、1社に対する集中度が高くて、リスクが高くなりすぎてファンドの意味がなくなってしまいます。確かにシードとシリーズA以降のクラシックVC、クラシックVCとレイトステージの垣根は曖昧になってきていて、ある程度被ってはくるんですけど、どこまでいっても全部を1つのファンドでカバーするのは無理があって、1社でやるのであればファンドを分けないと難しい。Sequoia Capitalだと、シード、VC、グロース、グローバルグロースみたいに複数ファンドを同時に運用して、チームもコンフリクトがないように分けてカバーしています。
因果関係として、どっちが因でどっちが果かは微妙なのですが、ファンドマネージャーとして期待されるリターンを出そうと思うと金融商品として分けた設計をするほうがリターンを出しやすい、LP(ファンドへの投資家)としても社内のチームも予算もステージごとに違ったりします。難しいのが、VC側が金融商品として分けたときに、投資の仕方や必要とされるケイパビリティも違ってくるので、運用チームも分けなくてはいけなくなる、ファンドをまたぐときのコンフリクトもあるので意思決定を担うパートナーも一定分けなければいけない。だから組織作り、組織拡大がすごく大事になってきます。なので『VCの組織戦略』で語ったように、僕らは組織戦略をすごく考えています。
海外投資を成功させるには
グロービス・キャピタルとしては、今後海外のスタートアップにも投資していくのでしょうか?
長期的にはチャレンジしないといけないと思っています。短期的には、まずは日本のスタートアップが海外に出ていき、海外で勝つところまでをしっかりと支援していきたいと思っています。
VCって、これまた二面性を持ち合わせていて、ソーシングとか日々の支援という意味では、すごくローカルに深く根差していないとできない。一方で投資先が大きく成長するためには、グローバル展開を海外で支援するケイパビリティが必要になります。
僕がめっちゃ力んで「ワシ日本でめっちゃ頑張ってるキャピタリストやねん」ってシリコンバレーに行っても、Facebookのアーリーステージには絶対入れない訳じゃないですか。逆ですら然りで、日本のエコシステムの中で何年も前からその起業家を知らないと、事業も何もないタイミングで”人”に賭けるってなかなか難しいと思います。
「スタートアップコミュニティの中に入り込んでいって、良い起業家に創業期からリーチする」っていう太河さんみたいな芸風って、すごくローカルだと思うんですよね。
(衛藤)バタラさんがいれば、インドネシアでもそれをできる。たまたま日本で教育を受けて、日本語を喋るインドネシア人のバタラさんがいたからEast Venturesはインドネシアでも成功しているんだと思います。
じゃあ僕みたいな英語が喋れるだけで、現地のエコシステムのど真ん中に入り込んでいない日本人がシリコンバレーで投資を上手くやれるかっていうとそうではない。なので、日本シンパで、現地のエコシステムに入り込んでいる、または入り込める人がその国の投資をドライブするのがいいと思います。これはうちに限らず、VCビジネスの特性だと思うんですよね。
とまあ”勝率”の話をしてしまいましたが、そんなこと言うと「できるできないでなく、やるかやらないか」だって(サムライインキュベートの)榊原さんに怒られるんですけど(笑)榊原さんが単身イスラエルに乗り込んで結果出してるという事実があるわけじゃないですか。これは新卒VC論と似てる話なんですけど、とにかくパッションがあって、パッションを源泉に突破力があれば全然うまくいくと思うので、海外の各ローカルでの投資にパッションがある良いメンバーがいるかどうかだと思います。
そこがVCビジネスのすごく難しいところで、職人系の属人性ボトムアップで事業展開が決まる面がどうしても出てしまう。強烈にインド投資をやりたいって人がいて、その人がファームにジョインしてくれたらそれを後押しすることはできるんだけど、ファームの戦略としてインド投資するからと言って、パッションがない僕とかに無理やりやらせても多分上手くいかない。
VCにはどうアプローチすべきか
グロービス・キャピタルに投資してもらいたい起業家からは、Twitterで連絡がくることが多いんでしょうか?
僕はTwitterはDMオープンにしてるんですけど、びっくりするくらい連絡が来ないんですよね。SNSの運用が下手説はあります(笑)
ただシードではないので、当日とか数日で投資を決めるという話にはなりにくいです。数億円という大きな金額、しかもファンドの投資家からお預かりした人様のお金なので。僕の場合、投資をするのって、元々知ってる人が多くて、その次によく知ってる人からの紹介が多い。「調達するので話聞いてください」って初見で会って投資に至るというのはあまりないです。これまで数件しかないですね。
そういう僕らみたいなシリーズA以降の投資の仕方とシードの投資の仕方ってやっぱり違う。DMしてきて、ハイブ(East VenturesとSkyland Venturesが運営するコワーキングオフィスのハイブ渋谷)に来て、ブログ100本書いてきたら投資しますとか、焼き肉食べに行ってその場で投資を決めるとかって、タイミングが早すぎてDDしてもあまりにも分からない、人の要素が圧倒的に大きい、リスクが大きいから数を投資してリスクを分散しなければいけないという、シードとしては正しい戦略だと思います。
一方で、僕らはプレAとかAが主戦場で、投資後は週一とかで投資先に行ってがっつり支援します。なので、キャピタリストのリソース的に、一人あたりの投資案件数で5-10件が限界で、シードファンドに比べるとどうしても数は少なくなってしまいます。
創業期の若い起業家からすれば、「グロービス高宮」よりも「スカイランド木下さん」の方が知名度あるわけですよ。それは「VC事業」として、戦っているセグメントが違うという話だと思います。ただ普通の事業と違うのが、そのセグメントに連続性があることですね。シードからいずれはアーリーに行き、ミドルに行く。その辺りが、他の事業とは違うVC事業の戦略を考える上で面白い点です。
元々の質問の意図を汲むと、「VCにはどうアプローチすべきですか?」という話かと思うのですが、たとえばインフォからのコールドコールで連絡が来ることはあるんですけど、成功確率を上げようとするなら知り合いづてのほうがよいと思うんですよね。信用を補完してもらえるから。間に入ってくれている知り合いも、VCと信頼関係が厚ければ厚い方がいいと思います。VCにアプローチするなら良いルートで行った方がいい。どういうルートで来たかで、起業家のビジデブ(事業開発)力みたいなのも見えてしまいますから。
インフォから連絡する前に、頑張ってFacebookの共通の知り合いを探して仲良さそうな人に聞いてみるとかでもいいと思います。逆に全然エコシステムにつながっていない原石みたいな人、起業家になりたい地方の高校生とかだったら、インフォ経由とかでも会ったりします。
僕たちはプレAとかAを主戦場でやっているので、シードを主戦場でやっている人からのパスは多いです。他にも、プレAくらいに達しているスタートアップって、イベントなどに行けば知り合うので、直接連絡をいただけることは多いです。むしろ1回お会いした方とかは、調達をするタイミングとかじゃなくて、お友達からみたいな感じで、利害関係がないタイミングから壁打ちさせていただけると嬉しいです。
埋もれてるけどすごい人、名の知れない天才みたいなのを発掘するのはすごい難しいです(笑)
VCの大型化、あいまいになる境界線
最近、シードからの既存投資家のフォローオンでシリーズAが完了する案件もありますが、これはどう見ればいいですか?
業界進化論的にシードとシリーズAの垣根が緩やかになって、シードVCもシリーズAとかBもやりだしています。一方で、A以降のVCもプレA、シードと前に出てきています。ただ自分たちの主戦場の前後を薄くやるということであり、そこがオーバーラップしているんだと思います。すると、軸足をどちらに置くのかという話になります。Aを軸足にしながらシードに降りていくのか、シードを軸足にしながらAにも上がっていくのかとか。なので、僕らで言うとプレA/A軸足なので、シードもやってはいるものの、1ファンドで百社やるわけではなく、数社という形になっています。
そのような構造の中、元々はシード軸足だったけど、ファンドが数百億など大型化するとA以降もやりだして、やがて軸足もA以降に移していくというパターンも出てくると思います。逆もまた然りで、Aからシードに出ていくパターンも。でも、両者ともに軸足を移していったことで、必要とされるケイパビリティもシフトあるいは拡大していきます。
事業領域を拡大しようとすると、新規ケイパビリティを獲得しなければならない。そして、そのケイパビリティは短期的に簡単には獲得できない。ケイパビリティ獲得のために長期的に事業投資してでも領域を拡大するのか、それともすでにケイパビリティを持っている軸足の領域から、じわじわ拡大していくのか。
通常のスタートアップが領域を拡大するときの戦略上の論点と完全に一緒です。そういう意味では、VCも戦略論を考えらなきゃいけないくらい、エコシステムが発展し、プレイヤーも増えて、競争も生まれてきたとも言えます。
セグメントの話でいくと、East Venturesはずっとシードから軸足をぶらさないですよね。拡大しようと思えばできるとは思うのですが。※質問者はEast Venturesの関係者
EVは、「創業間もなく、チャレンジしている人に、寄り添って応援したい」みたいな太河さんの想いが源泉にあるし、その場で意思決定するとか、Twitterとかで声をかけるみたいなHowもその想いに最適化されていると思います。
僕らがスタートアップに言うことがそのままなのですが、やっぱり自分たちのビジョン、想いに対して忠実であることが大事だと思います。ファンド規模が大きければ良いってものではないと思います。その点、EVはブレることなく想いに忠実であり続けていて、素晴らしいなと思っています。
今まさに、スタートアップ市場、VC市場の外部環境の変化を敏感に感じながら、自分たちのビジョンを再確認、アップデートしていきながら、どのセグメントにどれくらいのウェイトで踏み込むかっていう戦略を再考するタイミングに差し掛かっているんだと思います。そう思うと、ビジネスモデルマニア、戦略マニアとしては、今まさに「オラわくわくすっぞ」って感じです(笑)
VCの独立事例が増えるなか、高宮氏の考えは
最近は独立してファンドを立ち上げる方が多い印象です。高宮さんは独立しないんですか?
僕は、今の立ち位置だと、あんまり独立しようとは思わないんですよね。1人で小さいファンドを運用した方が、個人としてのエコノミクスが良くなるくらいしかないんです。でも、世の中へのインパクトを最大化するんだったら、グロービス・キャピタルのチーム、ファンド規模、ブランド、ポジショニングでやった方が、デカいことができるんです。
そして、日本のVCでグロービスほど自由に色々できるところはないと思うんですよね。うちでしか働いたことがないからわからないですが(笑)
うちの会社って全然トップダウンじゃないので、ジュニアでもこれやりたいって言えば、じゃあ自分で企画してやってみてってなるんですよ。(創業者の)堀さんが起業家で「メンバーがやりたいことをやるのが一番結果がでるんだよ」って言っている起業家魂が組織文化として根付いているんだと思います。
僕は、お金のためにVCをやってるわけではないから、自分がミッションを成し遂げるために自分をエンパワーしてくれる場に身を置きたいというのがあります。いち個人としてはそう思っていますし、逆にグロービス・キャピタルの経営陣の一角としては、自分も含めて中にいる人がしっかり自己実現できるようにエンパワーしてあげるというのがファーム、経営の役割だと思っています。
個人がファームに貢献してくれる代わりに、ファームとしては個人の自己実現に貢献するという対等な関係になれるくらいにファームがバリューを提供していかないと、良い人材であればあるほど繋ぎ止められないと思っています。VC事業を営むスタートアップの経営者としては、個人とファームが対等な関係であること、ファームとして個人にちゃんと価値を出すことはすごく意識していますね。
【連載】ベンチャーキャピタリスト 高宮 慎一
第1回 投資を検討する際の黄色信号
第2回 VCの組織戦略
第3回 グロービスキャピタルパートナーズの主戦場
第4回 VCに社会人経験は求められるか
第5回 ベンチャーキャピタリスト高宮慎一のこれまでとこれから